世界のスカウト運動、そして京都第65団の先達の残されたスカウトへのメッセージを掲載します。
スカウト運動の創始者であるロード・ベーデン・パウエル・オブ・ギルウェル(B-P)が1941年に逝去された後、彼の遺した文書jの中から発見されたものです。「B-P最後のメッセージ」はスカウトに宛てたものや指導者に宛てたものが知られていますが、ここではスカウトに宛てたものを掲載します。なお邦訳は一番新しいものと思われる「ボーイスカウト隊リーダーハンドブック」によりました。
スカウト諸君
「ピーターパン」の劇をみたことのある人なら、海賊の首領が死ぬ時には、最後の演説をするひまはないにちがいないと思って、あらかじめその演説をするのを、覚えているであろう。私もそれと同じで、今すぐ死ぬわけではないが、その日は近いと思うので、君たちに別れの言葉をおくりたい。
これは、君たちへの私の最後の言葉になるのだから、よくかみしめて、読んでくれたまえ。
私は、非常に幸せな生涯を送った。それだから、君たち一人一人にも、同じように幸福な人生を、歩んでもらいたいと願っている。神は、私たちを、幸福に暮らし楽しむようにと、このすばらしい世界に送ってくださったのだと、私は信じている。金持ちになっても、社会的に成功しても、わがままができても、それによって幸福にはなれない。幸福への第一歩は、少年のうちに、健康で強い体をつくっておくことである。そうしておけば大人になった時、世の中の役に立つ人になって、人生を楽しむことができる。
自然研究をすると、神が君たちのために、この世界を、美しいものやすばらしいものに満ち満ちた、楽しいところにおつくりになったことが、よくわかる。現在与えられているものに満足し、それをできるだけ生かしたまえ。ものごとを悲観的に見ないで、なにごとにも希望を持ってあたりたまえ。
しかし、幸福を得るほんとうの道は、ほかの人に幸福を分け与えることにある。この世の中を、君が受け継いだ時より、少しでもよくするよう努力し、あとの人に残すことができたなら、死ぬ時が来ても、とにかく自分は一生を無駄に過さず、最善をつくしたのだという満足感をもって、幸福に死ぬことができる。幸福に生き幸福に死ぬために、この考えにしたがって、「そなえよつねに」を忘れず、大人になっても、いつもスカウトのちかいとおきてを、堅く守りたまえ。神よ、それをしようとする君たちを、お守りください。
君たちの友
ベーデン-パウエル・オブ・ギルウェル「ボーイスカウト隊リーダーハンドブック」より 訳:財団法人ボーイスカウト日本連盟
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ボーイスカウト京都第65団が昭和45年にボーイスカウト隊14名で産声をあげたとき、発団式での初代育成会長である故・高原美忠八坂神社宮司(当時)による挨拶を記録したものです。
先年伊勢に行った時、内宮のほとりで神社関係のボーイスカウトの集まりがあった。そこへ行って淋しく思ったのは、その頃、京都府に神社関係のボーイスカウトがなく、他府県の神社関係のものばかりであったことです。是非八坂神社でも組織したいと思いましたが、なかなか出来なかったのが、今回八坂神社青年会の肝煎ででき、長年の胸のつかえがとれた思いがします。
世間なみの仲間入りをしたというので嬉しいのではない。ボーイスカウトが全世界の各国で立派な成績をあげているのにならって、京都でも大きな貢献をすると思うからであります。また、昔の若者組が明治に青年団となり、今は青年会となり、時とともに新しい世の中にふさわしいものとなったが、子供組もボーイスカウトとなり、今新しい世の中にふさわしい活動をすることになったことが嬉しいのです。
それとともに一言したいのは、昔の子供組が祭礼を中心とし、敬神の念を持っていた伝統をもうけついでいってこそ世界のボーイスカウトに恥じぬものとなることです。西欧では宗教心がすべての人にしみこみ、キリスト教によって民主主義が育った。日本では神社が民衆と離れぬものであった。八坂神社にボーイスカウトが出来た以上、敬神の念をもって日本におけるボーイスカウトの規範となる覚悟をせねばならぬ。
諸君の自覚と努力を願って発団式のよろこびの言葉する。
昭和46年5月30日 発団式育成会長挨拶より
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初代団委員長であり後に育成会会長を務められた故・鈴木日出年元八坂神社宮司が、八坂神社スカウトの文集である「八坂の森」に寄稿されたものです。
八坂神社のボーイスカウト第65団が結成されたのは、昭和46年5月30日でした。結成に至るまでの生みの苦しみは、今は遠い日の思い出となりましたものの、結成後の活動に、教育指導に、キャンプに、諸行事に、そして又リーダーの不足と養成に等の問題をかかえて、止むことの無い10年間の苦しい思い出は今も鮮明に残っています。
それは昭和54年に結成されたガールスカウトの活動経過においても同様でありました。特にガールリーダーの問題は女性という関係からその補充は一時も脳裏より離れない重要課題でありましたが、ボーイ同様八坂神社青年会の人々の協力により辛うじて今日に至っています。それだけに各々の団委員の人々或いはリーダーの人々が、自らの生活を犠牲にしての献身的な奉仕活動によって支えられ、今日の成果と発展をもたらした事に思いを致し感謝にたえない所であります。
さて今後のボーイスカウト・ガールスカウトを考えます時、それが八坂神社のボーイスカウトであり、ガールスカウトであることを考えますとき、そこには自ずから神社としての性格が与えられなければなりません。言葉を換えて言えば、八坂神社のボーイスカウト・ガールスカウトとして欠くべからざる性格内容とは何かという問題に逢着するのであります。
一昨年ボーイスカウト(第65団)の十周年記念式典が盛大に執行され多くの人々から祝福を受け、やっと堵についた感じでありますが、八坂神社のボーイスカウト・ガールスカウトの活動はこれからであろうかと思います。その活動の根本は何処にあるかといえば、それは八坂神社のボーイスカウト・ガールスカウトがもたねばならぬものは宗教教育であります。あらゆる活動の根本に信仰がなくては、本当の活動とはいえないと思います。
これからのボーイスカウト・ガールスカウトにその年齢に応ずる教育の過程にしたがって段階的に指導して行かなくてはならぬかと考えています。そしてスカウトとしての技術と心を兼有してもらいたいと思う。
昭和58年発行「八坂の森」第10号より
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